「被爆体験者訴訟」長崎地裁判決についての声明文

諫早総合法律事務所

「被爆体験者訴訟」長崎地裁判決についての声明

2024年9月9日

            被爆体験者訴訟弁護団

1 本日,長崎地方裁判所(松永晋介裁判長)は,被爆体験者訴訟に関し,原告ら44名のうち旧矢上村、旧戸石村、旧古賀村で被爆した合計15名についてのみ,長崎市長,長崎県知事による被爆者健康手帳交付請求却下処分を取り消し,被爆者健康手帳の交付等を命じた。

  本判決は,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義については,「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下に置かれていた者」と解するのが相当だとしたものの、黒い雨広島高裁で明示された、「ここでいう『可能性がある』という趣旨をより明確にして換言すれば,『原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者』と解され,これに該当すると認められるためには,その者が特定の放射線の曝露態様の下にあったこと,そして当該曝露態様が『原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと』を立証することで足りると解される」とした判断内容を大きく後退させ、原告らに、上記「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下にあった」との事実が存在する高度の蓋然性の証明を求めた点は、全く容認できないものである。

  また、黒い雨広島高裁判決が厳しく批判した基本問題懇談会についても、「被爆者援護法は、基本問題懇談会報告書を踏まえて立法されたものであったことが明らか」などと誤った解釈をし、基本問題懇談会の「被爆地域の指定は、科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべきである」という方針に沿う判断となっている点でも看過できない。

  さらに,広島と長崎で同様の原子爆弾が、上空で炸裂し、その結果放射性物質が生成させられて、それらが、広範囲にわたってばらまかれたという点を、初期放射線により放射化された物質が火災と共に上昇気流によって舞いあげられて、爆心地から遠く離れたところまで運ばれ、降下した事実があるにも関わらず、この点を前提に置かない判断をした。その結果、被爆後40日程度の時期に長崎地域の被爆線量を調査した米軍のマンハッタン調査団の調査結果で、明らかに長崎原爆由来の放射線降下物による放射線の影響が出ていることを過小評価したことは失当というべきである。

加えて、長崎原爆に由来する空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり,地上に到達した放射性微粒子が混入した飲料水・井戸水を飲んだり,地上に到達した放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして,放射性微粒子を体内に取り込むことで,内部被曝による健康被害を受ける可能性があったことを全く無視する判断をしている点も問題である。

また、降雨の事実を被爆者援護法1条3号該当性の根拠としながらも、「死の灰」とも称された放射性降下物を含んだ降灰の事実を同条同号該当性の根拠としない点は極めて不合理かつ非論理的というほかない。

2 今回の被爆体験者訴訟は,長崎において「被爆体験者」と称され「被爆者」と異なる扱いをされ続けてきた者たちの「被爆者」該当性を改めて問う訴訟である。

本判決は,これまで「被爆者」ではないとされてきた被爆体験者らにつき、その一部を被爆者援護法1条3号に該当する「被爆者」として認定すると同時に,被爆者手帳交付を義務づける判決を下した点においては一定評価できるものの、上記の多くの問題点は匡されなければならない。

3 長崎市長,長崎県知事及び厚生労働大臣は,勝訴原告らにつき控訴することなく、速やかに被爆者健康手帳を交付すると同時に、被爆体験者に対するこれまでの被爆者援護行政のあり方を見直し,全ての被爆体験者を被爆者援護法1条3号に該当する「被爆者」として救済するよう求める。

                                            以上